RINはじめまして、
大学で英語学を教えているRinと申します。
ここでは、誰もが一度は疑問に思ったことのある
英語に関する疑問について、
英語学の博士(Ph.D.)として、また恩師や多くの研究者との対話を通じて培ってきた知見に基づき、
直感的に理解できる解説を目指します。
本ブログの初投稿で、取り上げるのは、
おそらく日本で最も有名であり、同時に最も「役に立たない」と揶揄される英文です。


実際に大学では、学生から
・この英文を学ぶ意味はあるのか?
と質問されることも少なくありません。
実生活で使う場面など一生来ない、いわば「死んだ英文」だと。
しかし、英語学を専門とする私の目には、
この一文は非常に深く、雄弁なものに映ります。



結論として、This is a pen. を学ぶ価値は大いにあると考えます。
この記事を読み終わる頃には、
この一文を学ぶ価値を知るだけではなく、英文の見方そのものが変わるはずです。
では、いきましょう!
一本のペンという訳のその先へ✒️



そもそも、“This is a pen.”をどのように訳しますか?
この英文を学ぶ意味はあるのか?と質問してくれる学生に対して、
私がよく聞く質問です。
多くの学生は「これは、一本のペンです」と即座に答えてくれました。
もちろん、なにも間違えではありません。



いいですね。
では、他にはどのように訳せますか?
この質問をすると、
学生たちは「・・・」と言葉を詰まらせてしまうことが多いのです。



これは、学びを得るチャンスですね。
私なら「これは、ペンというものです」
と訳します。
This is a pen.の「a」に注目してみましょう。
この一語には、大きく2つの役割があるとされています。
①「1本のもの」という「数」を指す場合
② 名詞によって表わされるもの「全体」を指す場合です。
⇒ A horse is a friendly animal.
(馬は人なつこい動物である)
より深く
不定冠詞 a/an は、単に単数(1つ)であることを示す「数」のマーカーに留まりません。
実は「その種全体」を指す役割ももちます。
専門的には、これは総称的用法(Generic Reference)と呼ばれるものです。
物事の「数」でなく「その性質やカテゴリーそのもの」を述べたいときにしばしば用いられます。



そうなると、以下の3つの文が持つ「ニュアンスの差」が気になりませんか?
- A horse is a friendly animal.
- Horses are friendly animals.
- The horse is a friendly animal.
すべて「馬は人なつこい動物だ」と訳せますが、
英語学的な視点で見ると、
話し手が「馬」という存在をどのように捉えているか(頭の中にあるイメージ)が全く異なります。
ここでは詳細な解説は行わず、問題の提示に留めようと思います。
しかし、今あなたに「何が違うのだろう?」という疑問が生じているなら、
それは、“This is a pen.”というこの一文を学び直す価値の一つと言えますね。
詳細な解説は、また次回の記事にて。
*今執筆予定なのは、
「上記3例における意味の違い」と「なぜその違いをもたらすのか」のについてです。
つまり、This is a pen. には、少なくとも2通りの解釈があるということですね。
「だからなにか」と思われるかもしれません。
しかし、醍醐味はここからです。
「死んだ英文」が「生きた英文」となる瞬間
「“This is a pen.” など実生活で使う場面など一生来ない。だから、学ぶ価値のない『死んだ英文』だ」



こうした意見が散見されます。しかし、ともに考えてみてほしいです。
「本当に、この一文を使う場面はないのか」と。
英語とは、つまり「ことば」です。
そして、
ことばの真価とは、それが発せられる背景(文脈)にこそ宿ります。
そこに想像力と視点を向けたとき、
この一文が用いられるシチュエーションは無限に広がります。
つまり、その瞬間、
「死んだ英文」は「生きた英文」となるのです。



たとえば、
次の場面はどうでしょうか。
母のことば
たとえば、ことばを覚え始めたばかりの子に対して、
母親が物の名前を教えている場面を想像してみてください。
母は一本のペンを手に取り、
語りかけるかもしれません。
This is a pen.(これは、ペンだよ)と。
まだ「ペン」を知らない子にとって、
これは意味のある「ことば」ですよね。
視覚を取り戻した人物へ
あるいは、こんな光景を想像してみてください。
長年、全盲という暗闇の中で生きてきた人物がいたとします。
彼は手術を受け、奇跡的に視力を取り戻しました。
目を覆っていた包帯をゆっくりと外し、
彼は初めて「自分の目で世界を見る」ことになります。
これまで「触覚」でしか知ることのできなかった世界を、 今、初めて「視覚」で確かめていきます。
そして、
胸ポケットにある細長い物体を捉え、
こう呟くかもしれません。
This is a pen. (これが、ペンか)と。
ここで語られる “This is a pen.” は、
もはや「死んだ例文」ではありません。
見たことのない世界に名前を与え、認識を繋ぐ、
意義深い「生きた英文(ことば)」です。



皆さんは、どのような文脈を想像しますか?
教え子の回答は、以下のようなものがありました。
シークレットボックスの中身を当てる際に、This is a pen.と答える場合
ペンに見えないペンを説明する場合
ペンをまだ知らない人物へ説明する場合


江戸時代にタイムスリップして、羽ペンを知らない人物に説明するとき。
英文を「読む」とは
英文における解釈のバリエーション(一本のペン / ペンというもの)を知れば、
自然と想定できる文脈も増えていきます。



「ことば」 が用いられる想いと、その文脈を深く考えることが、
「英文を読む」ことの本質だと、私は考えます。
“This is a pen.”
それは「死んだ例文」ではありません。
皆さんの視点と想像力次第で、どこまでも鮮やかに息づく「生きた英文」です。
誰もが知っていて、誰もが「使わない」と笑うこの一文だからこそ、
私たちは本質に立ち返ることができます。
「ことば」がどのような場面で、どのような想いを持って発せられているのか。 その文脈を深く考えること。
これこそが「読む」ことの本質であり、
This is a pen.を学ぶ価値があるとする、私の理由です。
貴重な時間を、この記事を読むことに充てていただき、ありがとうございました。