RINこんにちは。
RINです。
本日取り上げるテーマは、
助動詞 can と may、「可能性」を表す2つの表現の違いです。
さっそくですが、質問です。
🏥 病院で、お医者さんからこう告げられたとします。
A. This illness can be fatal.
B. This illness may be fatal.
上記には、どのようなニュアンスの違いがあるでしょうか。
どちらも訳すと、「この病気は命取りになることがある/命取りになるかもしれない」となりそうです。
ところが――この2文を聞いた患者の心情には違いがあるとされています。
同じ「可能性」を表しているはずなのに、なぜ受け取り方が変わるのか。
よく似た2つの助動詞、can と may の本質的な違いがとはどのようなものでしょうか。



今回は、この2語の意味の違いを、
読み解いていきましょう。
・can と may、それぞれが指す「可能性」の違いとは何か?
・なぜ This illness can/may be fatal. のどちらが、患者に重く響くのか?、それはなぜか。
では、いきましょう!
まずは “can” の意味について
can の意味については、
多くの方が「〜できる」(能力)や「〜してもよい」(許可)を思い浮かべるものでしょう。
でも、can にはもうひとつ大切な意味があります。
それが、今回のテーマである 「可能性」の can です。
🐝 Bee stings can be very painful.
(ハチに刺されると、とても痛いことがある)
🥶 It can get pretty cold here in the winter.
(冬にはかなり寒くなることがある)
🏫 A child’s hatred of school can be motivated by a dislike for his teacher.
(子供の学校嫌いは、先生に対する反感が動機になることがある)
上記例については、
どの文も、「今、現実にそうである」と言っているわけではないという共通点があります。
「そういうことが、起こりうる」
「そういう性質を持っている」
と、一般的な可能性を述べています。
つまり、
can(肯定文)=「理論的・経験的に、ありうる」
ということになります。
Canとmayの語源
canの語源は、cuunan(現代英語でいう”know”)
canの元々の意味はknowと類似するものです。
要するに、「物事を知っている」から「物事が起こりうる可能性」も言えるわけですね。
他方、mayの語源は、maeg(have a power)
主語に「〜の力がある」ため、「それが起こりうる可能性」もあるということになります。
その意味の実情は、次の節で述べます。
では “may” は? ── 現実に踏み込む助動詞
一方、may の「〜かもしれない」も、可能性を表す表現です。
こちらも例文から見ていきましょう。
☎️ Will you answer the phone? It may be your mother.
(電話に出てくれないか。お母さんからの電話かもしれないよ)
ここで一つ、注目してほしいことがあります。
この may は、「今まさに鳴っている、その電話」について語っています。
つまり、「目の前で起きていること」に対する、その場の判断なのです。
ちなみに、この場面で can を使って It can be your mother. と言うことは、英語としてはきわめて不自然とされます(Swan, Practical English Usage, §130)。



同じ「可能性」を表すはずなのに、
なぜ can はここでは使えないのか――
2つの助動詞が表わす「可能性」のニュアンスが違うから、
ということですね。
can と may は、「可能性」の種類が違う
同じ「〜ことがある/かもしれない」と訳されていても、can と may が指している”可能性”の意味は、別物なのです。
| 🔵 can | 🟠 may | |
|---|---|---|
| 可能性の 種類 | 理論的・経験的な 一般的可能性 | その場で実際に起こりうる 現実の可能性 |
| 焦点 | 「そういうことが起こりうる」 という性質 | 「今、それが起こるかもしれない」 という推量 |
| 視点 | 客観的・一般論 | その場の状況に即した判断 |
🔵 can
理論的・経験的な
一般的可能性
(客観的・一般論)
🟠 may
その場で実際に起こりうる
現実の可能性
(その場の状況に即した判断)
ひとことで整理するなら――
・🔵 can =「一般論として、ありうる話」
・🟠 may =「いま目の前のこの状況で、ありうる話」
という違いです。
先ほど It can be your mother. が不自然に響いたのも、これが理由です。
その場で鳴っている電話は「今、目の前の現実」です。
だから、一般論を語る can ではなく、その場の判断を語る may が選ばれるわけですね。
冒頭の問題について
ここで、冒頭の2つの文に戻りましょう。
🏥 お医者さんから告げられる、この2つの言葉。
A. This illness can be fatal.
→ この病気は(一般的に)命取りになることがある
B. This illness may be fatal.
→ この病気は(あなたの場合)命取りになるかもしれない
A の can は、「この病気というものは、理論上・統計上、命に関わることもありうる」 という、病気そのものの性質を述べています。
言ってみれば、教科書に書かれているような、客観的で一般的な情報です。
一方、B の may は、「あなたが今かかっているその病気は、命に関わるかもしれない」 という、目の前の患者の状態についての医師の判断です。
仮に医師から (B) の言葉を告げられたとしたら、
患者が悲観するのは当然でしょう――
Leech も Meaning and the English Verb §119 のなかで、そう述べています。



同じ「命取りになる可能性がある」と言っていても、
can は一般論、may は目の前のあなたの話。
聞き手の心構えがまったく変わってくるのが、伝わりますね。
おまけ ── 否定文・疑問文では can も「現実」を語れる
ここまで「can は一般的可能性、may は現実の可能性」と整理してきました。
ただし、面白いことに――否定文や疑問文の can にはこの制約がなく、むしろ「今ここでの現実の可能性」を語ることが多いのです。
☎️ Will you answer the phone? It may be your mother.
― No, it can’t be my mother. She doesn’t know my phone number yet.
(いや、母のはずがない。まだ私の電話番号を知らないのだから)
🍴 You can’t be hungry. You’ve just had lunch.
(君はおなかがすいているはずがない。昼食をすませたばかりだもの)
❓ Can the rumor be true?
(いったいそのうわさは本当だろうか)
どの文も、その場で起きている現実に対する判断ですよね。
つまり、
can’t =「〜のはずがない」(強い否定の推量)
Can …? =「いったい〜だろうか」(強い疑いの推量)
として、肯定文の制約を越えて、現実の場面に踏み込んで使えるようになるのです。
否定文は特に奥が深い。
さらに細かい話をすると、
cannot + 完了形(have + 過去分詞)は「〜したはずがない」という意味になります。
例:He can’t have missed his way ― he’s been here several times.(彼は道に迷ったはずがない――何回かここに来たことがあるから)
まとめ ── 助動詞は「視点」で読み解く
これまでを踏まえると、can と may の関係は次のように整理できます。
| 形 | 意味 | 視点 |
|---|---|---|
| can(肯定文) | 一般的にありうる | 経験・一般論 |
| may | 今、ありうるかもしれない | その場の現実 |
can(肯定文)→ 一般的にありうる
(客観的・一般論)
may → 今、ありうるかもしれない
(その場の現実)
助動詞というと、つい「〜できる」「〜かもしれない」と訳語を当てるだけで終わってしまいがちです。
しかし、話し手がどんな視点から「可能性」を見ているのか――
そこに注目すると、状況の違いが手に取るようにわかってきます。
can は、経験・一般論を語り、may は、その場の現実に踏み込む。
医療ドラマなどで医師が深刻な表情で告げるのは、ほぼ間違いなく may の方。



One Word, One World.
一語にして、世界の「見え方」は変わるということですね。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう。
貴重な時間を使い、
記事を読んでいただきありがとうございました。