「進行している動作」と「〜している状態」は矛盾するのか ─ 事柄・事態・状況の違いについて

    本日取り上げるテーマは、
    「進行している動作」と「〜している状態」、似て非なる2つの言い回しです。

    英文法を学んでいると、たとえば be -ing(進行形)の説明として、こんな2つの言い方に出会います。

    ・進行形は「進行している動作」を表わす。
    ・進行形は「〜している状態」を表わす。

    同じ進行形を説明しているのに、一方では「動作」、もう一方では「状態」。
    ──この2つ、よく考えると 矛盾していないでしょうか?

    「動作(action)」は動きを、「状態(state)」は静止を思わせる。
    正反対の言葉のはずなのに、なぜ同じ形の説明に同居できるのか。

    RIN

    今回は、この小さな違和感を入り口に、
    「動作」と「状態」の違いと類似性、そして両者をすっきり束ねる
    3つの便利なことばを読み解いていきましょう。

    この記事を読み終わる頃には、次の3つのことが明らかになります。

    ・「進行している動作」と「〜している状態」の違いと類似性とは何か?
    ・なぜ両者は「矛盾しない」と言えるのか?
    「事柄」「事態」「状況」という3語の意味の違いと使い分け

    では、いきましょう!

    目次

    まずは「動作」と「状態」の違いから

    「彼は走っている(He is running.)」という一文を例に考えてみましょう。
    この文を、2通りに言い換えてみます。

    🔵 走るという動作が、いままさに進行している。
    🟠 走っている状態に、いまある。

    どちらも自然に聞こえますね。けれど、焦点の当て方は微妙に違います。

    🔵 進行している動作 =「動き(プロセス)」に焦点
    🟠 〜している状態 =「ありよう(その時点での姿)」に焦点

    「動作」は、内部に動きや変化を含んだ出来事が 展開していくさま を捉えます。
    一方「状態」は、その動作が生み出す 一定のありよう が、ある時点で 成り立っているさま を捉えます。

    つまり、両者は 「同じ現実のどこを見ているか」 が違うわけですね。

    📜 言語学では「相(アスペクト)」と呼びます

    出来事を「動き」として見るか「ありよう」として見るか――この視点の置き方を、言語学では 相(アスペクト, aspect) と呼びます。

    英語の動詞は、動作動詞(run, write など動きを表わす)と 状態動詞(know, love など状態を表わす)に大きく分けられますが、進行形 be -ing は、動作動詞を「進行中」として描くことで、結果的に 「動作」でありながら「(進行中という)状態」 でもある、という二重の顔を持つことになります。
    「動作」と「状態」が同居して見えるのは、このためですね。

    では、両者の「類似性」とは?

    焦点が違うのなら、やはり「動作」と「状態」は別物――と結論づけたくなります。
    ところが、ここに大切な 類似性 が隠れています。

    もう一度「彼は走っている」を思い出してください。
    「走る動作が進行している」のも、「走っている状態にある」のも、

    指し示している現実は、たったひとつの同じ出来事

    なのです。
    一方は「動き」として、もう一方は「ありよう」として、同じものを違う角度から言い表しているだけ

    つまり、「動作」と「状態」は ――

    🔵 どこに焦点を当てるかという 「相(アスペクト)」の点では、異なる
    🟠 けれど、指し示す ひとつの出来事としては、同じ

    「動作」と「状態」は、対立しているのではない。
    同じ出来事の “二つの見え方” なのです。

    RIN

    こう捉えれば、「進行している動作」と「〜している状態」を並べて使っても、
    矛盾はしない と納得できますね。

    そこで便利になる「カバーターム」

    とはいえ、文章を書くたびに「これは動作? それとも状態?」と迷っていては落ち着きません。
    こんなとき、「動作か状態か」という対立を、いったん棚上げできる一段上のことば があると便利です。

    こうした上位概念語を、言語学では カバーターム(cover term) と呼びます。
    日本語でその役割を担える候補が、次の3語です。

    「事柄」・「事態」・「状況」

    どれも「ある出来事」をまとめて指せる便利な語ですが、その 含み は少しずつ異なります。
    一語ずつ、丁寧に見ていきましょう。

    ① 事柄(こと)── 中身そのもの

    3語のなかで最も抽象度が高く、その文が表わす意味内容そのもの を指します。

    事柄 =「動作か状態かの区別を持ち込まない、中身そのもの」

    論理学・意味論でいう 「命題内容(proposition)」 に近いことばです。
    ポイントは、世界を「動き/とどまり」に切り分ける 手前にある という点。
    だからこそ、用語の対立をそもそも避けたいときに、最も無難に使えます。

    💡 たとえるなら

    「事柄」は、料理でいえば レシピに書かれた “完成形の中身” のようなものです。
    それを「炒める動作」として描くか「炒まった状態」として描くかは、まだ決めていない――そういう、中立的な段階の中身を指します。

    ② 事態(eventuality)── 出来事を束ねる枠

    「ある時点・期間において、世界がどうあるか」を指すことばで、
    動作・状態・過程・変化などをまとめて束ねる上位概念 です。

    事態 =「動作・状態などを ひとつの出来事として束ねる 枠」

    英語の eventuality の訳語として使われる、まさに本記事の主役です。
    先ほどの「進行している動作」も「〜している状態」も、ともに ひとつの「事態」の異なる側面 として、すっきり括れます。

    「動作と状態は、相としては違うが、事態としては同じ
    ──この言い方こそ、冒頭の矛盾を解消する 決め手 になります。

    📜 eventuality という用語について

    eventuality は、event(出来事)と -ity(性質をつくる接尾辞)からなる語で、言語学では 状態(state)・過程(process)・到達(achievement)・達成(accomplishment) といった、動詞が表わすさまざまな「ありよう」を まとめて呼ぶための傘 として用いられます。
    「動作か状態か」を問う前の、より大きなくくり――それが「事態」です。

    ③ 状況(situation)── 文脈まで含む、最も外側の枠

    個々の出来事そのものよりも、それが置かれた 時間的・空間的な背景や場面まで含み込んだ枠 を指します。

    状況 =「出来事の 文脈・場面まで含み込んだ、最も外側の枠」

    言語学の 状況意味論(situation semantics) でいう situation に対応します。
    3語のなかで最も 外延が広い ぶん、背景や文脈までを視野に入れたいときに向いています。

    逆にいうと外側の緩い枠なので、「動作=状態」という ピンポイントの同一性 を言うには、やや大づかみすぎる、という側面もあります。

    3語の関係を、ひと目で整理する

    ここで注意したいのは、3語が単純な「上・中・下」の3段に きれいに並ぶわけではない という点です。

    「事態」と「状況」 は、外側へ広がる 縦の包み込み関係 に乗ります。
    一方 「事柄」 は、その縦の階層とは 別の軸(区別を持ち込まない中立性)に立っています。

    【縦軸:包み込みの関係】

     状況(文脈・場面まで含む、最も外側)
      └─ 事態(動作・状態・過程…を束ねる)
        └─ 動作 / 状態(個々の出来事)

    【軸の外:中立性】

     事柄(中身そのもの/区別を持ち込まない)

    外延の広さは 状況 ⊇ 事態 ⊇(個々の出来事) の順。
    そして「事柄」は、この縦の階層とは独立に、「区別を回避する」役割 を担います。

    使い分けの基準

    これまでの内容を、表に整理してみます。

    スクロールできます
    対応する概念こう言いたいときに
    事柄命題内容
    (proposition)
    中身そのものを、
    区別を持ち込まずに指したい
    事態eventuality動作・状態を
    ひとつの出来事として束ねたい
    状況situation出来事の
    文脈・場面まで含めたい

    事柄
    → 中身そのもの(区別を持ち込まない)

    事態
    → 動作・状態を束ねる枠

    状況
    → 文脈・場面まで含む、最も外側の枠

    アスペクトの議論との接続を重視するなら 「事態」、中身の中立性を強調するなら 「事柄」、文脈の広がりまで含めたいなら 「状況」
    こう選べば、迷いがなくなります。

    昔、筆者がしていた勘違い ──

    ここで、私は昔、「進行している動作」と「〜している状態」を
    「動作と状態は、事態としては異なるが、状況としては同じ」――と考えていました。

    しかし、厳密には違い、今では下記のように考えています。

    🔵 「事態」は動作も状態も包み込む上位概念。
     だからこそ両者を ひとつに括れる(=「同じ」と言える)。

    🟠 「状況」は、もっと外側の緩い枠。
     文脈まで抱え込むぶん、「動作=状態」の ピンポイントの同一性 を言うには大づかみすぎる。

    したがって、もっとも整った言い方は、次のようになります。

    「進行している動作」と「〜している状態」は、
    相(アスペクト)の点では 異なる が、
    ひとつの 「事態」としては 同じ ものを別の角度から述べたものである。

    まとめ ── 一段上のことばが、対立を解く

    これまでを踏まえると、3語の関係は次のように整理できます。

    スクロールできます
    中核立ち位置
    事柄中身そのもの区別を持ち込まない(軸の外)
    事態出来事を束ねる枠動作・状態の上位
    状況文脈まで含む枠事態のさらに外側

    事柄=中身そのもの(軸の外)
    事態=出来事を束ねる枠
    状況=文脈まで含む、最も外側の枠

    包み込みは 状況 ⊇ 事態 ⊇ 個々の出来事

    「進行している動作」と「〜している状態」。
    出発点のこの2つは、相としては異なるけれど、ひとつの「事態」としては同じ
    そう捉えれば、矛盾は消えてなくなります。

    RIN

    ことばを 一段上から眺める語 を持っておくと、
    対立に見えたものが「同じものの別の顔」だと分かる。
    これこそ、カバータームの底力ですね。

    貴重な時間を使い、
    記事を読んでいただきありがとうございました。

    それでは、また次回の記事でお会いしましょう。

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