「逆立ちはできるが、しない」─ 夏目漱石に学ぶ Possibility と Probability の違い

    本日取り上げるテーマは、
    Possibility と Probability、2つの英単語の意味の違いです。

    かつて英語教師として教壇に立っていた 夏目漱石 は、Possibility と Probabilityの意味の違いについて学生に問われた際、
    次のように語ったと伝えられています。

    私が今ここで逆立ちをする possibility はある。しかし、probability はない。

    同じ「可能性」と訳される2語を、漱石先生は何を持って使い分けたのでしょうか。

    RIN

    今回は、この2語の意味の違いを、
    読み解いていきましょう

    この記事を読み終わる頃には、次の2つのことが明らかになります。

    Possibility と Probability、それぞれが指す意味の違いとは何か?
    ・漱石先生の英語力
    について

    では、いきましょう!

    目次

    まずは “Possibility” の意味から

    possibility が表わすには「論理的に成り立つかどうか」ということ、
    つまり、

    Possibility =「論理的に “あり得る” という可能性」

    です。
    「論理的に可能性がある」こと述べる一方で、
    その出来事が生起する可能性が高いか低いかは、ここでは問題にされていないわけですね。

    📜 語源を覗いてみると(クリックで開く)

    Possibility のルーツは、ラテン語の動詞 posse(ポッセ)= 「〜することができる」 にあります。

    posse(ラテン語:〜できる)

    possibilis(ラテン語:可能な)

    possibilité(古フランス語:起こり得る余地)

    Possibility(英語:論理的に “あり得る” 可能性)

    注目したいのは、posse が、英語の possible(可能な), potential(潜在的な)といった単語の 共通の祖先 にあたるという事実です。
    これらに共通するのは、「〜起こり得る余地」 ── つまり “論理的な余地” の系譜といことですね。

    では “Probability” はどんな意味?

    それでは、もう一方の Probability はどうでしょうか。

    Possibility が「論理的な余地」を指すのに対して、

    Probability は、「実際に起こると”見込まれる “可能性」

    Probability が前提としているのは、「証拠や経験によって裏付けられた見込み」です。
    数学や統計の世界で probability が 「確率」 と訳されるのも、まさにこの含意があるからですね。

    📜 語源を覗いてみると(クリックで開く)

    Probability の語源は、ラテン語の probare(プロバーレ)= 「証明する/試して確かめる」 にあります。
    同じ語源を持つ英単語を並べてみると、その系譜がはっきり見えてきます。

    prove(証明する)
    probe(探る/調べる)
    approve(承認する)
    Probability(蓋然性)

    いずれも、「確かめる/裏付ける」 という動作が、ことばの芯に通っているのが分かります。

    これまでの内容を整理してみます。

    スクロールできます
    🔵 Possibility(ポシビリティ)🟠 Probability(プロバビリティ)
    意味論理的に「あり得る」という可能性実際に「ありそう」という確からしさ
    問うもの成立する余地があるか(ゼロか否か)実際に起こるという見込みの度合い

    🔵 Possibility
    論理的に「あり得る」可能性

    🟠 Probability
    実際に「あり得る」という見込み

    実際の英語でも、

    “high probability”(蓋然性が高い)、“remote possibility”(あり得なくはない可能性)といった定型表現が示すように、probability は「度合い」とともに、possibility は「ゼロか否か」とともに語られます。

    漱石先生の英語力と指導力について

    両者の違いがわかれば、冒頭の漱石先生の例の妙味が、少しずつ見えてきます。

    「私が今ここで逆立ちをする」── この行為について、改めて考えてみましょう。

    🔵 身体の構造上、逆立ちは可能
    人間の腕や体幹は、逆さに体重を支えられる構造を持っている。論理的にも物理的にも、閉ざされてはいません。
    → つまり、possibility はある

    🟠 しかし、漱石先生が今この瞬間、教壇の上で、突然逆立ちをするという見込み(意志)は、ない。
    そんなことをする状況も、習慣も、文脈も、意志も何ひとつ揃っていない。
    → つまり、probability はない


    「逆立ち」という例を用いて、
    漱石先生は、両者の意味の差は 確率の大小ではなく、「見込みの根拠」そのものの有無
    という2語の違いを明確に示した。
    ということですね。

    🔵 possibility は、「論理的・物理的に閉ざされていない」というだけで成立する。
    🟠 probability は、「そう信じるに足る理由や状況」が必要になる。

    RIN

    漱石は、「あり得る」と「ありそうだ」の本質的な違いを、
    教壇の上の一回きりの動作を例にとって、見事に説明したと言えます
    ね。

    英語教師としての漱石先生が持つ英語力の高さが伺えます。
    (この話は、漱石先生の弟子・寺田寅彦の回想録『夏目漱石先生の追憶』にも、漱石の授業の丁寧さは詳しく残されています)。

    Possibility と Probability の関係性

    Possibility と Probability は、並列の関係ではありません

    Probability(ありそうな見込み)は、
    Possibility(論理的な余地)のなかに含まれている

    ――そう捉えるのが、本来の発想と言えます。

    🔵 Probability があるものには、必ず Possibility がある
    (雨が降りそうな日は、雨が降り得る日でもある)

    🟠 しかし、Possibility があるからといって、Probability があるとは限らない
    (逆立ちは「あり得る」が、「ありそう」ではない)

    論理的に「あり得る」ものは無数にある。
    そのうち、現実に「ありそうだ」と呼べるものは、ぐっと絞り込まれた一部なのです。

    RIN

    「ゼロではない」と「ありそうだ」の間には、これだけの隔たりがある。
    漱石はその隔たりを、即座で示してみせた、ということですね。

    まとめ ── 一語の背景を知ると、世界の「見え方」が変わる

    これまでを踏まえると、Possibility と Probability の関係は次のように整理できます。

    スクロールできます
    表現意味中核立脚する世界
    Possibility論理的に「あり得る」余地・能力論理の世界
    Probability実際に「ありそう」見込み・確からしさ経験・証拠の世界

    Possibility → 論理的な余地としての可能性(ゼロではない)
    Probability → 経験・証拠に支えられた見込み(ありそうだ)

    そして、
    Probability は Possibility の “見込みのある一部”とも考えられる

    この違いは、「可能性」を表わすcanとmayの違いとパラレルと言えるものですね。

    それでは、また次回の記事でお会いしましょう。

    貴重な時間を使い、
    記事を読んでいただきありがとうございました。

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